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東京高等裁判所 昭和54年(く)428号 決定

少年 K・T(昭三八・三・二二生)

主文

原決定を取り消す。

本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、申立人が提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

事実誤認の抗告趣意について

所論は、要するに原決定は犯罪事実第一の1として、少年が昭和五四年九月一六日木更津市内の路上で、他数十名と共謀のうえ普通乗用自動車に乗車していた被害者K、L両名に対して角材等で殴打するなどの暴行を加え、その抵抗を抑圧し右Kから腕時計他二点を強取し、その際右暴行により同人らに原判示の各傷害を負わせた旨の事実を認定し、これらが強盗致傷の罪に当るとして刑法六〇条、二四〇条を適用したが、本件はいわゆる暴走族の一員である少年が仲間と共にオートバイ等で走行中偶々来合わせた被害車両を停止させて取り囲み、勢いの赴くまま集団でその車両を損壊したり、運転者らを殴つたり蹴つたりする暴力行為に出た事案で、少年の昭和五四年一〇月四日付供述調書の記載のとおり、少年が被害者Kから腕時計等を盗ろうという気を起したのはすでに同人に対する右暴行行為が終了し同人が気力を失つてその場に倒れている段階のことであつたことが窺われ、右趣旨の少年の供述をことさら一部訂正した形式でなされた少年の司法警察員に対する同月五日付供述調書中、腕時計等盗取の犯意を生じてからさらに一回被害者の背中を強く蹴つた旨の供述記載部分は捜査官が事実を強盗(致傷)の罪の構成要件にあてはめて構成すべく誘導した結果なされたものである疑いが強いから、結局少年らの前記暴行は財物奪取の手段としてなされたものとは認められず、本件については単に傷害罪と窃盗罪が成立するにとどまるのに、前記のように強盗致傷罪の成立を認めた原決定は決定に影響を及ぼす重大な事実を誤認したものである、というのである。

そこで一件記録を検討して審案するに、関係証拠によれば、少年はいわゆる暴走族グループの一員で○△○と称する約四〇人の集団のリーダを務めていたものであるが、本件の際は他の暴走族グループと合流しそれぞれ普通乗用自動車や自動二輪車に分乗し、少年も仲間の一人の運転する自動二輪車の後部座席に乗り○△○と書いた旗を持つて先頭に立ち原判示場所付近道路を集団走行中、偶々対向進行してきた被害者K(当時二一年)の運転する普通乗用自動車が車高の低い、塗装の派手な車両であるというだけの理由で同車の進路を塞いで停車させ、三、四〇名で取り囲み、うち一〇数名で所携の角材、鉄パイプ、ヘルメット等でこもごも同車のボデー、ガラス等を激しく打つたり、叩いたりし、さらにその屋根に上つて飛びはねる等して同車を損壊する原決定犯罪事実第一の2の犯行に及び、ついで右K及び同車両に乗車していたL(当時二一年)を車外に引きずり出し、同人らに対しそれぞれ所携の角材等でその全身を殴打したり蹴つたりする等のいわゆる袋叩きにする暴行を加え、右Kに加療一週間を要する頭部、右肘、左膝、背部打撲等の、また、右Lに加療一〇日間を要する頭部、左肩、背部、左右肘、左下腿打撲擦過傷の各傷害を負わせ、そのためKらはいずれも身動きもできずに道路に横たわる状態になつたこと、少年はそのような状態のKの左腕に腕時計のあるのを見て外し、運動靴を脱がせてこれらを取り、次いで他のグループのAがサングラス眼鏡を取つたものであることが認められ、右犯行の具体的経過に照し、少年が犯行の当初から財物奪取の犯意を有していたものでなく、また少年及びAの司法警察員に対する各供述調書(謄本)の記載に徴し、少年は右Aが眼鏡を取つたことを知らないことも明らかであるところ、少年が腕時計を取ろうとの犯意を起して以後さらに右Kに対し暴行を加えたかどうかは、所論指摘のとおり少年の司法警察員に対する昭和五四年一〇月五日付供述調書においては、少年は前記暴行を受け抵抗できない状態で倒れていた右Kの左腕から腕時計を外して取つた旨の従前の供述を訂正し、Kを車外に引き出したとき時計が目に入り、これを取るつもりになつて同人の背中を右足(はだし)で一回力いつぱい蹴とばしてから腕時計を取つた旨供述するのであるが、本件で重要な腕時計奪取の事実に関する検察官調書は見当らず、また、原審審判調書中の記載によつても、少年は単に検察官送致書引用の司法警察員送致書及び追送致書記載の構成要件としては不明確な犯罪事実を読み聞けられ、事実その通り間違いないと述べたとするのみで、司法警察員に対する右供述の変せんを含め、右Kから腕時計を取るについての同人に対する少年の暴行の有無、程度等について少年の弁解等の記載が見られず、しかも、右K及び前記Lの司法警察員に対する供述調書の内容も全く漠然として右事実関係を明確にすることができず、従つて、右供述の訂正部分をたやすく採用するには躊躇を感ぜざるをえないばかりでなく、仮に右暴行があつたとしても、それが被害者に前記傷害の結果を生じさせる原因となつているかどうか甚だ疑わしく、また前記Lに対しては少年は何ら財物を取る意思を持つたことのないことも明白である。

ところで、強盗致傷罪の成立には強盗犯人が人を傷害することを要し、強盗の犯意を生ずる前の暴行行為のみにより傷害を生じても強盗致傷罪の成立を認むべきではなく、従つて、仮に暴行を受けた被害者が抵抗できない状態になつているのを利用し被害者から財物を奪取する所為はこれを全体として強盗罪をもつて論じうる場合があるとしても、右の暴行による傷害によつて強盗致傷罪に問うことは許されないから、本件においては、多衆による当初の暴行によりどの程度の無抵抗状態になつたのか明らかでなく、従つて少年の前記Kからの腕時計及び運動靴の奪取行為が強盗、窃盗のいずれの罪を構成するか明確にしえないが、この点を論ずるまでもなく、右腕時計等の財物奪取の意思を生ずる以前の暴行による傷害に基づき、何ら意見の連絡のない前記Aの取つた眼鏡及び何人が奪取したか明らかでない現金二万七千円についてまで含めて右Kに対する強盗致傷罪の成立を認め、更に少年が全く財物奪取の意思を有しなかつた前記Lに対しても単なる右同様の暴行による傷害に基づき強盗致傷罪を認定した原決定は明らかに事実を誤認したものといわなければならない。そして刑法二四〇条前段の強盗致傷罪は法定刑に照しても類型的に罪情の甚だ重い犯罪とされるところ、少年はこれまで家庭裁判所への係属歴がなく、かつて家庭裁判所による指導、矯正、調整等の措置を受けたことがなかつたのに、今回もまた深くはこれらの措置がとられないまま一般短期処遇の勧告を付しながらも少年を中等少年院に送致することとされたことについては原決定処遇理由にもあるように認定された事実が被害者二名に対する強盗致傷罪であるとする罪質の重大性が大きな要素とされたことが明らかであるから、原決定の前示の誤りは少年法三二条の決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認に該ると解せられ、本件についてはすみやかにさらに審理を尽し適切な処遇が決定される必要があるので、原決定はその余の論旨についての判断をなすまでもなく取り消しを免れない。

よつて本件抗告は理由があるので少年法三三条二項により原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 永井登志彦 中野保昭)

〔参考一〕 送致命令(東京高 昭五四・一二・一三第一二刑事部決定)

決定

本籍・住居

千葉県市原市○○×××番地

(静岡少年院在院中)

少年K・T

抗告申立人附添人弁護士 ○○○○

右少年に対する強盗致傷、暴力行為等処罰に関する法律違反、道路交通法違反保護事件について、千葉家庭裁判所が昭和五四年一一月六日した少年を中等少年院に送致する旨の決定に対し右抗告申立人から適法な抗告の申立があつたが、当裁判所において昭和五四年一二月一三日原決定を取り消し、同事件を千葉家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので左のとおり決定する。

主文

静岡少年院長は少年K・Tを千葉家庭裁判所に送致すべきことを命ずる。

(裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 永井登志彦 中野保昭)

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